【ネタバレ全開】朝井リョウ『生殖記』考察。「死」を知るヒトの絶望と、「多様性」という名の新商品について

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こんにちは! にこいちです。

今回は、朝井リョウさんの『生殖記』について、ネタバレ全開で語り尽くします。

もし、まだ未読の方がいたら、ここで引き返して、前回の記事を御覧ください。 これから書く内容は、この物語の最大の仕掛けであり、同時に私たちの生きる世界を冷酷に暴き出す「答え合わせ」そのものだからです。

準備はいいですか?

では、単刀直入に言います。 この物語の語り手である「私」。その正体は、主人公・達家尚成(たつや しょうせい)の体内にいる「生殖器(生殖本能)」です。

……驚きましたか? でも、この設定こそが、朝井リョウさんが私たちに突きつけた「最悪で最強の鏡」なんです。

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目次

なぜ、ヒトだけが「生きる意味」を欲しがるのか?

作中、この「生殖器(語り手)」は、人間社会を冷徹に観察し、私たちの痛いところを突きまくります。

特に私が(そして多くの読者が)胸をえぐられたのは、「なぜ人間は悩み、精神を病むのか」という指摘です。

生殖器はこう言います。 ヒト以外の種は「今、ここ」を生きるのに精一杯で、悩んでいる暇なんてない。 でも、ヒトは違います。

「自分は必ず死ぬということを知りながら生きている種は、私の経験上、ヒトだけです。」「死の存在とそれまでの大体の期間を把握するということは、死を起点に逆算ができるということでもあります。」

私たちは「死ぬまでの時間(寿命)」がわかってしまっている。 だからこそ、「この年齢ならこうあるべき」「何かを成し遂げなきゃ」という理想と現実のギャップに苦しみ、焦りを感じてしまうのです 。

人生は、死ぬまでの「鬼ごっこ」

さらに語り手は言います。 生存が脅かされず、暇を持て余したヒトの脳は、放っておくと「生きる意味」なんていう不確かなことを考え出して病んでしまう 。

だから私たちは、無駄に発達した知能の矛先を向ける対象、つまり「丁度いい鬼ごっこ」を常に探し続けているのだ、と 。

仕事、推し活、SNS、そして「社会貢献」。 私たちが必死になっているそれらは、実は「死ぬまでの暇つぶし(鬼ごっこ)」に過ぎないのかもしれない。

この記事では、そんな人外の視点(生殖器の視点)だからこそ見えてしまう、 「多様性という言葉の嘘」や「資本主義の正体」について、作中の強烈な言葉を引用しながら深掘りしていきます。

読み終えた後、あなたの世界の見え方は、少しだけ(いや、かなり)変わってしまうかもしれません。

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人物相関図

【中心軸:奇妙な二人三脚】

  • 達家 尚成(たつや しょうせい)
    • 属性: 主人公。家電メーカー総務部。30代男性。同性愛個体(ゲイ)。
    • 状態: 社会に「擬態」して生きているが、虚しさを抱えている。
    • スタンス: 「しない」ことを選び続けてきた受動的な姿勢。

↕(関係性)

  • 私(語り手/男性器)
    • 属性: 尚成の生殖器に宿る意識。「ヒトは二回目」。
    • 目的: 「種の保存」「生殖」が絶対正義。
    • 尚成への視線: 冷徹な観察者。尚成の「非効率」な悩みに呆れつつ、共にいる。

【対立軸:個体 vs 共同体】

  • 社会(共同体/マジョリティ)
    • 要求: 「生産性」「効率」「次世代の育成(貢献)」を強要。
    • 特徴: 「多様性」すら新商品として消費する。コロコロ基準が変わる。
    • 尚成への圧力: 異性愛中心のルールで、尚成のような個体を「生産性がない」と疎外する(と感じさせている)。

【変化のきっかけ:重要な他者】

    • 属性: 同僚(後輩)。
    • 役割: 尚成に「ジョーカー」になる危険性を説く重要人物。
    • 名言: 「しない、を選ぶのは(中略)最終手段でもいいのかなって」
    • 尚成への影響: 抑圧して生きることの危うさを指摘し、「する(行動する)」ことへ意識を向けさせる。
  • 大輔
    • 属性: 同僚(友人)。
    • 役割: 尚成との対比。家電量販店で興奮するなど、一般的な感覚を持つ(ように見える)存在。

「多様性」という名の新商品と、資本主義の正体

語り手である「男性器(生殖器)」は、私たち人間が必死に守ろうとしている「多様性」や「倫理」を、容赦なく解体していきます。

特に、注目した「多様性=資本主義の新商品」という視点。 ここは読んでいて背筋が凍るような説得力がありました。

「多様性」はただの物理現象であり、ブームである

私たちは「多様性を認めよう」「包摂しよう」と語り合います。 しかし、語り手は鼻で笑うようにこう言います。

「“多様性”ってそれこそ四十億年以上前に生命体が発生したときから存在する現象なわけで(中略)認める認めないの立場を選ぶなんてそもそも不可能で、ただただ“多様性”の真っ只中にいることしかできません。」

そもそも、認める・認めないという議論自体が、人間の傲慢さでしかない。 さらに恐ろしいのは、昨今の「多様性ブーム」の裏側にある構造への指摘です。

なぜ今、急にマイノリティへの配慮や、多様性が叫ばれるようになったのか? 語り手は、それを「資本主義が生き残るための『新商品化』」だと喝破します。

「共同体の新商品化、といってもいいかもしれません。資本主義である限り、ヒトも、ヒトの集合体である共同体も、結局はこんな感じで新商品化を繰り返していきます。」

かつて同性愛者が「悪」とされたのも、今は「認めよう」とされるのも、すべては「そのほうが儲かるから(共同体の維持に有利だから)」というブームの移り変わりに過ぎない。 そこに本当の愛や倫理があるわけではなく、ただ「異性愛個体(マジョリティ)がゴーサインを出したブーム」に乗っかっているだけなのだと。

この指摘、グサッときませんか? 企業がこぞって虹色のロゴを掲げるのも、私たちがSNSで「多様性大事!」と呟くのも、実は資本主義という巨大なシステムの手のひらで「新しい商品」を消費させられているだけなのかもしれない……。

「他人の目を気にするな」の本当の意味

そんなコロコロ変わる社会の中で、よく耳にする「他人の目を気にするな」というアドバイス。 これも、語り手にかかれば全く違う意味を持ちます。

「これって単純に『“他人の目”自体がコロッコロ変わるからアテにするなっていう意味だったんですね。」

「自分らしく生きろ」というポジティブな意味じゃないんです。 「社会の基準(他人の目)なんて、ブーム次第でどうにでも変わる、あやふやで無責任なものだ。そんな信用できないものを基準にして生きるな」という、もっと冷めた、しかし本質的な警告なのです。

かつて尚成を笑った人たちが、今は平気な顔で「多様性だよね」と言っている。 その光景への虚しさと怒りが、この解釈には込められています。

「しない」を選び続けると、いつか「ジョーカー」になる

社会の「普通」や「効率」から外れたとき、私たちはどう生きればいいのか。 主人公の尚成は、自分を「木」のように感じ、ただただ「虚しい」と感じています。

同期が結婚し、子ども(次世代個体)の写真を眺める中で、彼は自分がその「命の連続性」から切り離されていることを痛感します。 自分は社会(共同体)の役に立っていないのではないか、という空虚感。

しかし、物語の終盤、同僚である颯(はやて)という人物が、ハッとするような言葉を投げかけます。

抑圧された「自分」は、いつか暴発する

社会に擬態するために、あるいは波風を立てないために、「あえて言わない」「あえてしない」ことを選ぶ。 マイノリティに限らず、誰にでも覚えがある処世術です。

でも、颯は言います。

「意識してやらないでいたこととか、意識して言わないでいたこととかって、誰の目にも見えない分、自分にだけはめちゃくちゃ目につくようになると思うんですよ。(中略)逆に自分をどんどん縛っていく」

そして、自分を殺して「しない」ことを選び続けた先にあるのは、「ジョーカー」のような破滅です。

「そうなったら俺、マジでどこかでジョーカーみたいにバーンって爆発しちゃいそうで。関係ない人巻き込むのは違うじゃないですか、流石に」

我慢して、擬態して、賢く振る舞っているつもりでも、その抑圧された「本当の自分」は消えていない。いつかそれが限界を迎えたとき、社会全体を恨み、無関係な人を巻き込んで爆発してしまうかもしれない。

この指摘は、現代社会で起きている様々な事件や、SNSでの誹謗中傷の嵐とも重なって見えませんか?

「しない」ではなく「する」を選ぶ

だからこそ、颯は決意します。

「だったらまずは、する、っていうほうの意思表示を選んでみようかなって。しない、を選ぶのはその後、ていうか最終手段でもいいのかなって」

社会の基準や「効率」に合わせるために自分を消す(しない)のではなく、まずは自分の意思を表示(する)してみる。 それがどんなに非効率で、カッコ悪くて、摩擦を生むことだとしても。

語り手である男性器は、人間が「死」を知っているからこそ、「こうあるべき」という理想と現実のギャップに苦しむのだと分析しました。 でも、その苦しみの中で、なおも「する」ことを選ぶ。 それこそが、この理不尽な「生殖記」というシステムの中で、人間が唯一見せられる意地なのかもしれません。

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【まとめ】「効率」という名の牢獄から抜け出すために

朝井リョウ『生殖記』。 語り手は「男性器(生殖器)」という奇抜な設定ですが、描かれているのは、現代を生きる私たちの「不自由さ」の正体でした。

  • 私たちが信じる「多様性」は、ただの資本主義の新商品かもしれない。
  • 「他人の目」はコロコロ変わるブームに過ぎない。
  • それでも「しない」を選び続ければ、内なるジョーカーが生まれてしまう。

読み終えた今、あなたの目に映る景色は少し変わっているはずです。 「効率」や「生産性」という言葉に追い詰められたとき、ふと自分の股間あたり(あるいは胸の奥)にいる、あの冷徹な語り手の声を想像してみてください。

「それ、本当にあなたが考えたこと? それとも種の保存のためのプログラム?」

その問いかけが、あなたを「社会の歯車」から、一人の「生きた人間」に引き戻してくれるはずです。 この劇薬のような一冊、ぜひあなたの細胞すべてで味わってみてください。

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