「もし、今すぐ家族が倒れたらどうしよう…」
「急に呼吸が苦しくなったら、パニックにならずに対応できるだろうか…」
大切なご家族とご自宅で過ごす時間はかけがえのないものですが、同時に在宅介護における緊急時の対応に、ふと不安がよぎることはありませんか?
こんにちは。訪問看護ステーションで理学療法士として、日々ご自宅でのリハビリに寄り添っているニコイチです。私たちは、ご本人とご家族が少しでも安心して在宅生活を送れるようサポートする「身体の動きと生活環境のプロ」です。
これまで多くのご家族から、「いざという時に、気が動転して何もできなかった」という切実な声をお聞きしてきました。この記事は、そんなあなたのための「お守り」です。
在宅介護で起こりうる緊急事態を具体的に想定し、理学療法士の視点から「絶対にやってはいけないこと」と「後悔しないための初動」を分かりやすく解説します。
この記事を読み終える頃には、「もしも」への漠然とした不安が、「これならできる」という具体的な自信に変わっているはずです。
在宅介護で起こりうる3つの緊急事態(クライシス)
在宅での「クライシス(危機)」は、急な体調変化だけではありません。ご家族がパニックに陥りがちな場面は、大きく3つに分けられます。
- 【身体的クライシス】 転倒・誤嚥など急な体調変化
(例:転んで動けない、食事中に激しくむせる、呼吸が苦しそう) - 【意思決定のクライシス】 難しい決断をせまられた時
(例:医師から今後の治療方針(ACP)について急に話をされた) - 【関係性のクライシス】 思わぬ事故やトラブルが発生した時
(例:少し目を離した隙にご本人が転倒した、訪問スタッフの対応に疑問を感じた)
どれも想像するだけで、胸が苦しくなりますよね。
しかし、どんな場面でも共通する「鉄則の初動フロー」があります。これさえ覚えておけば、必ず冷静に対応できます。
どんな緊急時も冷静に!後悔しないための鉄則初動3ステップ
緊急時、多くの情報を思い出すのは不可能です。覚えるのは、たった3つだけです。
ステップ1:まず深呼吸して「安全確保」(慌てて体を揺さぶらない)
パニックになりそうな時こそ、まずご自身の呼吸を整え、次に周囲の安全を確認してください。焦りは、二次被害を生む最大の原因です。
- OK: 周りに危険なものがないか確認する。
- NG: 慌てて身体を揺さぶったり、無理に起き上がらせようとしたりしない! 特に高齢者の転倒後は、骨折している可能性があります。むせている時に背中を強く叩きすぎるのも、かえって状態を悪化させることがあります。
ステップ2:次に「適切な人」に連絡(119番か訪問看護か)
安全を確保したら、次に連絡です。誰に、何を伝えるかが重要です。
誰に連絡する?判断基準
- 意識がない、呼吸がおかしい、激しい胸痛など、命の危険を感じる場合 → 迷わず
119
番 - 意識はあるが、いつもと様子が違う、判断に迷う場合 → 契約している訪問看護ステーションの緊急連絡先
- 緊急ではないが、困っている・相談したいことがある場合 → 担当のケアマネジャー
- 意識がない、呼吸がおかしい、激しい胸痛など、命の危険を感じる場合 → 迷わず
何を伝える?
- 慌てず、「いつ」「誰が」「どこで」「どうなったか」を簡潔に伝えましょう。
ステップ3:そして「待つ間」にできること(声をかけ、観察する)
救急車や看護師の到着を待つ時間は、とても長く感じるものです。この時間の過ごし方で、その後の対応が大きく変わります。
- できること:
- 身体を締め付けている服(ベルトなど)を緩める。
- 本人が楽な姿勢を探す手伝いをする(※無理は禁物)。
- 「大丈夫だよ」「すぐ来てくれるからね」と優しく声をかけ続ける。
- 「いつから様子がおかしいか」「呼びかけに反応はあるか」など、状況を観察しメモしておく。
- やってはいけないこと:
- 意識がはっきりしない時に、水を飲ませようとすること。 誤嚥から肺炎を引き起こす危険が非常に高いです。
【一番大切なこと】スタッフはあなたの「味方」です
不安や恐怖から、つい訪問スタッフや救急隊員に強い口調で当たってしまう…。お気持ちは痛いほど分かります。
しかし、どうか思い出してください。私たちは、ご本人とご家族にとって一番の「味方」であり、共に戦うチームです。
感情的な対応は、本当に必要な情報の伝達を妨げ、最善の医療やケアの選択を遅らせてしまう可能性があります。どうか、私たちを頼れるパートナーとして信頼してください。
緊急時を乗り越えるための3つの「お守り」(事前の備え)
最後に、この記事を閉じた後、すぐに実践してほしい「未来のお守り」を3つご紹介します。最高のクライシス・マネジメントは「クライシスを起こさせない備え」です。
備え1:「緊急時連絡シート」を冷蔵庫に貼る
かかりつけ医、訪問看護ステーション、ケアマネジャー、緊急連絡先の家族などの情報を一枚の紙にまとめて、冷蔵庫など目立つ場所に貼っておきましょう。いざという時、あなただけでなく、助けに来てくれた他の家族や隣人にも役立ちます。
備え2:「転ばぬ先の環境づくり」を見直す
理学療法士の視点では、最高の危機管理は「危機を起こさせないこと」です。
床に物を置かない、滑りやすいマットは敷かない、夜間の通り道に足元灯をつけるなど、少しの工夫で転倒などの事故リスクはぐっと減らせます。次回の訪問時にでも「うちで危ないところはない?」とぜひ聞いてください。
備え3:「もしもの話」を、穏やかな日にしてみる(ACP)
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)というと難しく聞こえますが、要は「もしもの時、どう過ごしたいか」を話し合っておくことです。
「もしご飯が食べられなくなったら、どうしたい?」「どんな最期を迎えたい?」…切り出しにくい話題ですが、ご本人の意識がはっきりしている穏やかな日に、少しずつ気持ちを聞いてみてください。この会話が、いざという時の難しい決断の場面で、ご家族の心を救う何よりの道しるべになります。

在宅介護の緊急時対応 FAQ
Q1. 夜間や休日に緊急事態が起きたらどうすればいいですか?
A1. まずは落ち着いて、本人の意識や呼吸を確認してください。命の危険を感じる場合は迷わず119番です。それ以外で判断に迷う場合は、契約している訪問看護ステーションの24時間対応の緊急連絡先に電話してください。事前に連絡先を携帯電話に登録し、冷蔵庫などにも貼っておくと安心です。
Q2. 救急車を呼ぶべきか迷う基準はありますか?
A2. 総務省消防庁の「救急車利用マニュアル」などが参考になりますが、「いつもと明らかに違う」「急激な変化」が見られる場合は、ためらわずに119番に連絡してください。例えば、「呼びかけに全く反応しない」「突然、激しい頭痛や胸痛を訴えた」「呼吸が異常に速い、または止まりそう」といった状況です。判断に迷った場合も、電話で相談することが可能です。
Q3. 認知症の家族がパニックになってしまったら、どう対応すればいいですか?
A3. まずは、ご家族自身が冷静になることが大切です。そして、否定せずに、穏やかな声で「どうしたの?」「大丈夫だよ」と寄り添うように話を聞いてあげてください。場所を変えたり、好きな音楽をかけたりして環境を変えることで落ち着く場合もあります。日頃から、どんな時に不安になるのかを観察し、ケアマネジャーや専門職と対応策を共有しておくことも重要です。
まとめ:備えあれば憂いなし。専門家と連携して安心な在宅介護を
在宅介護における緊急時の対応は、誰にとっても不安なものです。しかし、「安全確保」「連絡」「待つ間の対応」という3つの初動ステップを頭の片隅に置き、「事前の備え」をしておくだけで、いざという時の心の負担は大きく変わります。
在宅介護は、決して一人で背負うものではありません。
不安や困難に直面した時、どうか一人で抱え込まず、いつでも私たち理学療法士や看護師、ケアマネジャーといった専門職を頼ってください。私たちは、あなたと大切なご家族が、一日でも長く、穏やかにご自宅で過ごせるよう、全力でサポートします。
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